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【799年】
 日本の綿の伝来は桓武天皇の延歴18年(799)7月、小舟にのって三河国幡豆郡天竺村(今の愛知県西尾市)に漂着した崑崙人(インド人とも言われています。)より綿実一袋が伝えられたのが最初です。このことは「日本後記」および「類聚国史」に書かかれています。しかし実際には少し遡って万葉集巻三に「しらぬびのつくしの綿は身につけていまだに着ねどあたたかにみゆ」とあります。この事からも、もう少し伝来した時期は古いのではと考えるむきもあります。
また続日本記の中には、神護景雲3年(769年)3月に九州の太宰府から綿の貢ぎものを朝廷に奉っておる記録が残っています。
 このことから確かに、昔海外からもたらされたものという事がわかります。
しかし、一度綿の種は途絶えその後、永録天正の頃(1550年代頃〜)になって再び琉球から渡ってきたということが「野語述語」という本の中に、出てきます。
 この最初に伝来した綿実は紀伊、淡路、讃岐、伊予、土佐、太宰府などの温暖な地で栽培されましたが、繁殖せずに終わりました。三河地方では、この時から綿作が行われたのではなく第二回目の伝来があってから以降です。

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●崑崙人【こんろんじん】日本に綿を伝えたとされるインド系の中国西部の山岳少数民族。
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●貢ぎもの【みつぎもの】人民がおさめる穀物以外の物品の租税のこと。
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●日本後紀【にほんこうき】全40巻。現存10巻。819年編集開始、840年に藤原冬嗣、藤原緒嗣らによって完成。792年から833年の間の史実を漢文・編年体で記述する。
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●類聚国史【るいじゅこくし】平安前期の勅撰史書。200巻、目録2巻、帝王系図3巻。菅原道真編。892年成立。「日本書紀」から「日本文徳天皇実録」にいたる五国史の記事を神祗・帝王・後宮など事項別に分類し、年代順に収めたもの。
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●万葉集【まんようしゅう】歌集。20巻。数次にわたって編纂されたとみられ大伴家持が携わったことが推定される。成立は奈良時代末期とされ、和歌4500首を収める。作者は皇族・貴族から遊女・乞食まで広い階層にわたるが、その中心は皇族・貴族・官人であったといわれる。代表的な作者に柿本人麻呂、山部赤人、山上億良、大伴家持、額田王などがいる。
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●神護景雲【しんごけいうん】年号。767年〜770年。
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